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6回目のロシア訪問を前に|ニュースレターNO.054

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ピリオダイゼーション
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9月8日よりロシアのマトヴェーエフ氏のところに出かけます。今回のロシア訪問は、今間違って使われている「ピリオダイゼーション」という意味をもっと深く知るためです。それと、ロシアのスポーツの歴史を探ってきます。

さて、8月の終わりには、水泳のパンパシフィックという大会がありました。テレビではまるでオリンピック並みの扱いです。さほど意味のない大会なのに、なぜこの時期にやるのか、9月の終わりにはアジア大会があるというのに、全く理解できません。それと、テレビ局が単なる番組を製作したという感じしかしなかったのは私だけでしょうか。芸能人の水泳大会的雰囲気にも感じました。この大会の意味がどこにあるのか、選手のトレーニング計画の妨げになったに過ぎないと思います。

水泳協会がダメなのか、テレビ局がダメなのか。当然テレビ局がおかしいのであって、まるでオリンピックでのメダル獲得と勘違いさせてしまっているところがありました。金メダル、日本記録、世界記録、こんなことばが飛び出しつづけましたが、オリンピックの中間年に新記録や金メダルがどのような意味をもつのかまったく理解できておらず、見ていて腹立たしい思いがしました。

おそらく水泳協会には多額のお金が入るのかもしれませんが、そのために選手の最大の目標であるオリンピックでの活躍がフイになるかもしれないほど、この大会の影響はあると思われます。情けないことです。

民放各局の国際大会のアナウンサーの実況中継は、恥ずかしい限りです。スポーツ・競技をどのように観ればよいのかわかっておらず、やたら大きな声で怒鳴るだけです。観ている人にとっては耳障りでしかありません。静かにして欲しい、画面に集中させてくれといいたくなります。

野球の中継でも思うのですが、カメラワークのまずさも目に付きます。顔のアップが多すぎて、フィールド全体や投手と打者の間合いなどが観て取れません。まさに芸能番組化されてしまっています。アナウンサーの本来の務めとはなんなのでしょうか。

今回の中継でひどかったのは、泳ぎ終わった選手に対して水の中でインタビューしたことです。恥ずかしい限りです。こんなことは考えられません。芸能番組そのものです。またインタビューについても、水泳に限らずインタビューアーのレベルの低さをいつも感じます。

必ず「今日のレースはどうでしたか」、「どんなことを考えていましたか」、お決まりのインタビューです。もっと勉強してインタビューの内容を考えて欲しいものです。

話を戻して、オリンピックの中間年に、それもほとんど意味のない半国際大会にピークをあわせる事の重大さがわかっていないということです。外国選手は観光気分で来ていることがよくわかるのに、日本選手だけが世界の頂上を目指している状況になっていました。明らかな長期計画の間違いであり、競技プランの間違いです。

2004年のギリシアを目指すなら、むしろ今年は、基礎のレベルアップを図る充電期であるはずで、2003年から質を上げていくべきです。こんな単純なことが解からない、また基本的なトレーニング計画、競技計画がわからないようでは、2004年のオリンピックの結果も想像がつきます。選手がかわいそうです。今大会で活躍した選手の、2004年の活躍は、ことばは悪いですが、見ものといえるでしょう。

私に言わせれば勝手過ぎる大会で体調を崩し、それがこの先のトレーニングに大きく影響を及ぼす危険性を心配していたら、やはり萩原智子が過呼吸になり、レースを棄権するというハプニングというより起こりえることが起こってしまいました。

脳波などの精密検査を受けた結果、疲労とストレスが原因だろうということでした。だれの責任なのでしょうか。選手のトレーニング時間はもどすことができません。体調回復のために、何か月かかるのでしょうか。当然、こんなちっぽけの大会より大きな意味のあるアジア大会も棄権することになりました。かわいそうというしかありません。

指導者や競技団体は、何を目的にしているのか、何を考えているのか、最大の目的はオリンピックで結果を出すことではないのでしょうか。基本的な勉強が足りないとしか言い様がありません。選手に対して無意味なピーキングがその先にどのような悪影響を与えるのかわかっていないからです。

単純なトレーニング計画で、いつでもピークを作れると勘違いしているからです。ピークは作れても、最高のパフォーマンスが発揮できなければ何もならないわけです。そのときのピークではなく、マトヴェーエフ氏の言う『スポーツ・フォーム』です。新たに最高のパフォーマンスができる準備が整った状態を作ることです。

2004年にこれまでより高いレベルのパフォーマンスが発揮できる準備をするのが、オリンピックの中間年のはずです。したがって、結果や記録にこだわる必要性は全くないわけです。

なぜか、愚痴ばかりになりましたが、今回のように水泳に限らず他の競技でもよく見られることです。大きな試合に参加するたびに、単純に、金メダル、日本記録、世界記録という言葉が飛び出します。新聞もご同様です。新聞記者ももっと基礎の勉強をして、一番大切なところの間違いを報道して欲しいものです。

メディアのレベルがこのようなものですから、当然競技レベルもそれに合わされているのかもしれません。「だれだれがこんなことをして強くなった」、それをそのまま伝えてしまっていることがほとんどです。そこで何の考察もなく、とんでもないことがさも素晴らしいトレーニングになったりしてしまっていることの恐ろしさをもっと知って欲しいものです。

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