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「ナンバ」の本を読んで|ニュースレターNO.083

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「ナンバ走り-古武術の動きを実践する-」(光文社新書)という本が発刊されたということで、早速読んでみました。著者の1人に桐朋高校のバスケットのコーチの名前が載っていましたので、興味がありました。

以前に、桐朋高校の古武術を使った練習方法をビデオで見ましたので、また新しいことがかかれているのか期待しておりました。結果的には、そのビデオの解説書のような内容でした。ビデオに出てきたものをスポーツライターが解説したといえるもののようです。

ビデオを見ていましたので、内容や解説には疑問はなかったのですが、それ以外のところでは、こじ付け的なところが多く見られ、少し残念な気がしました。むしろビデオの解説的なものだけにした方がよかったように思いますし、そこは大いに役立つものだと思います。

二軸理論にしろ、理論にこだわりすぎて、そこにすべて收めたいというところが伺えます。けっしてひとつの理論だけでは成り立たないわけですが、どうしても「森を見ず木だけを見てしまう」ことが多いようです。

これまで「ナンバ走り」に関していろいろ見てきたのですが、「ナンバ走り」というよりは「ナンバ歩き」のほうが「ナンバ」ということに適しているように思います。歩くときに、右手右足同時に動かすことはそれほど異常なことではないと思いますが、走るとなると同側の腕と足が一緒に動かすことはほとんどできません。

ズボンのポケットに手を入れて走れば何とかなりますが、バランスとリズムが取れないので、肩の動きか肩甲骨の動きでバランスをとるしかないのではないでしょうか。

本の中に紹介されているバスケットでの疲れない「ナンバ走り」を見るとよくわかりますが、これは腕を振らないということではなく(腕は必ず何らかの動きをします)、以前に紹介しました「アレクサンダーテクニーク」の考え方そのものです。

すなわち、頭の重心の位置を変える事によって進んでいるのです。従って前傾姿勢が深くなり、前方に倒れながら走ることになります。この走りは、自分自身で自然に進むためにエネルギーをあまり使う必要がなく、長く走りつづけられるのです。

これとは別に、二軸理論のことで、「常歩(なみあし)」ということがよく理解できなかったのですが、ホームページに次のような解説がされたのを見て、ようやく理解することができました。

『「常歩(なみあし)」は、ねじらないというような感覚ではなく、どのように体幹を使うのか(動くのか)ということに主眼を置いています。走歩行で考えて見ましょう。例えば、振り出された右足が着地し、左足が後方から前方へ振り出されます。

このとき、骨盤や肩(肩甲骨)を固定してしまう感覚ではなく、着地足側の右腰の前方への動き、またはその感覚が「常歩(なみあし)」の感覚です。その右腰の前方への動きに伴って、右肩も前方へ移動します。

当然、少し遅れて右腕も前方へ振り込まれることになります。 感覚的には、右足着地の直後、右腰、右肩、右腕と前方へ移動するのです。そして、前方へ移動した右肩甲骨はすぐに、上方へ持ち上げられ、左側へ重心を移動させます。

それと同時に、左足着地から、左腰、左肩、左腕と前方へ移動します。・・・』

早速自分でも試してみました。確かに、着地後、すぐに着地足側の腰、肩、腕を前方に移動させると、進んでいくのがわかります。

正に、片脚支持を繰り返していくということです。しかし、歩きながらこの意識を持ちつづけることには疲れてしまいます。また走りの中ではタイミングをあわせることが難しくなり、スピードが上がればあがるほど感覚のずれに悩むことになりそうです。

それで、もっと簡単にできないかと考えたところ、ここにも「アレクサンダーテクニーク」がでてきました。歩くときでも走るときでも、頭と両肩、胸を前方に送ってやります。

すると重心が前に行きますので、自然に足が出て、着地足側の腰、肩も簡単に素早く前方に移動してくれます。ピッチも自然に早まります。

このことは、私がこれまでスプリンターや長距離選手に教えてきたことでもありますが、見方を変えたら自然で簡単なことであったということに気が付きました。頭と両肩、胸を前方に送りつづけることはスピードが上がっても、簡単なことです。

股関節、骨盤付近の動きにとらわれすぎていると、全体の動きが見えないばかりか、目的の達成もむずかしくなるということがわかりました。まさしく、「木を見て森を見ず」ということでしょう。

いつも全体を見ながら修正するということが大切です。問題は確かに部分的なところにあるわけですが、その部分を修正するためには全体の動きを直すことが一番早い修正方法になるのです。トレーニングのプログラムにしても同様です。目的がなければ始まりません。

その目的があって方法・手段を考えるわけですが、最初から100%完璧なものができるはずはありません。このことは、これまでも何度も言ってきたことですが、まずトライすることです。そして定期的にその結果を見ていきながら、どんどん修正していかなければいけないわけです。

その修正が1回で終わることもあれば、20回修正することもあるでしょう。

その原因には、いろんなことが考えられるはずです。先のことはわかりませんが、予定・予測は立つはずです。その予定・予測と結果を照らし合わせながら、プログラムを修正していくいうことです。修正を重ねていくことで、最初のものと完全に違ったものになることもあるわけです。

しかし、目的には近づいているということでなければいけません。何かにこだわりつづけることは、むしろマイナス要因になることのほうが多いように思います。

いろんな本や理論といわれるものを否定する必要は全くありません。新しいアイディア・考え方は、情報として非常に大切なものです。問題は、その情報をどのように咀嚼し、どの程度受け入れるか、またどのように応用するかということです。

一人一人考え方が異なることは自然なことではないでしょうか。ただ忘れてはいけないことは、物事には必ずよい面と悪い面の二面性があるということです。

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