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「ナンバの効用」の本から|ニュースレターNO.110

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新年おめでとうございます。2000年にスタートしたホームページも今年で6年目を迎えることになりました。昨年これまでのニュースレターをまとめましたが、読み返してみると実にいろんなことがトレーニングの世界であったように思います。これからもどのような理論が出てくるやら、心配でなりません。

個人的には、昨年4月に就任した平成スポーツトレーナー専門学校も土台が固まり、私にとって最初の学生が入学してくる年でもあり、いよいよ本格的な人材育成のスタートになります。どこにもない本物のスポーツトレーナー養成学校のスタートです。今年から積極的に行動を起こしたいと思います。

ご注目ください。そして、気楽にお尋ね、お越しください。お待ちしております。本物の教育現場をおみせすることができると思います。

さて、今年のニュースレターのスタートは、昨年の暮れに読んだ小森君美著「ナンバの効用-整体動作がカラダを変える」徳間書店 2004から参考になるところを紹介したいと思います。私が常々言っていることを違った形で解説されています。指導者にとっては大いに指導上の参考になると思います。

まず本のカバーに著者の略歴が紹介されています。

『岡山県岡山市生まれ。幼尐時、身体が弱かったため、体質改善のためにスポーツを開始。また十代なかばより武道・武術に典味をもち、スポーツと武道の両者を並行して練習する。大学進学後、フルコンタクト空手に入門、それまでの「根性練」にくわえて「筋力トレーニング」に本格的に取り組む。

大学卒業後、中学校陸上競技部監督に就任。陸上競技部がなく、運動部活動もそれほど活発でなかった学校で、ゼロからのスタートであったが、徹底的な分析に裏付けられた「科学的トレーニング」を展開。

岡山でも無名だった同校を全国大会の常連にする。1998年、甲野善紀氏と出会い、また多くの名選手と実際に出会うことで、動きの本質を解明する作業に着手。

この研究成果は、当時指導していたクラブチームを、数々の競技会で優勝・入賞させることで証明。また指導した選手の中には、現在も実業団で活躍中の選手もいる。

現在は、様々な武術の稽古を経て、韓氏意拳の稽古をしながら、スポーツや武術だけでなく、一般生活でも活用できる身体運用の研究を、信頼できる仲間と続け、多くの種目のスポーツ選手との交流の中で、より優れた身体運用を模索し続けている。文部科学省認定・公認コーチ。専門種目:陸上競技。』

経歴を見てもわかるように、トレーニングというよりも理想的な身体動作を追求されていることがわかります。著書の中で参考になるところは多いのですが、第三章の「人が“自然”と感じること」の中から自然な動きの必要性について解説されていますので、この章の中からポイントの箇所を紹介します。

『われわれの身体では、一つの関節を中心とした円運動がおこなわれるときより、直線的な運動がおこなわれるときの方が、身体のより多くの部分が協調的にはたらかなければなりません。・・・・。

たとえば立ったりしゃがんだりは誰でもおこなう動きです。けれどもこの動作中の身体各部の動きを追跡してみると、非常に複雑な動きをしています。

頭で考えながらおこなうことは困難ですが、何も考えないで、ただ「立ち上がろう」とか「しゃがもう」としさえすれば誰でもできるものです。

このように、特定箇所をまっすぐに動かそうとしたときは、身体のより多くの部分が、同時に、協調しながらはたらかなければなりません。

身体のより多くの部分が、同時協調的にはたらくということは、一か所の負担が小さくなるということです。つまり「疲れにくく、故障しにくい」動きへの門が開くわけですね。

このような、全身が一つの動作目的のために同時協調的にはたらくような動きを「整体動作」といいます。

「整体動作」がおこなわれれば、動きの次元が変わったのではないかと思うような現象がおこりますが、・・・。「姿勢」は人為的に作るのではなく、「自然に」なっていくものだとすでに述べました。

「動き」も、本来は人為的に作るのではなく、「自然に」そのような「動き」になっていくものだと思いますが、長い間、意図的に作った「姿勢」や「動き」を続けていると、その「姿勢」や「動き」が身体までも変えてしまうことがあります。

こういった場合も気長に矯正していけばよいのですが、一度「癖」になったものは、ほうっておいてもなかなか直りません。意図的に身につけたものを捨てるときには、意図的に捨てなければならない場合も出てくると思います。

生まれて物心ついたころから、「すぐれた身体運用」しか目にしたことがなければ、その人は「すぐれた身体運用」しかできなくなってしまうのですが、われわれ全員がそういった恵まれた環境に育ったわけではありません。

むしろ、みんなそれぞれに「癖」のある身体や動き方ばかりに囲まれて育ってきているのです。だから意識的に「よい動き」を習得しなければならないのです。

まして特定のスポーツトレーニングなどをはじめると、そこではそのトレーニングのための動きだと考えられているものを強制的に植えつけられてしまいます。それが正しければ問題はないのですが、もしも正しくなかった場合、自分が生まれながらにしてもっていたよいものを捨てて、あまり感心できないものを身につけることだってあるわけです。

たとえば物を持ちあげる動作ひとつにしても、それまでは自分の持つものの重さによって、「自然に」持ち方が変わっていたのに、大きな負荷となるようなものを持ち上げる練習を何度となくくり返すことによって、物を持ち上げるときにはどんなものでも必ず、筋肉に強い緊張を発生させるような習慣がついてしまうこともあります。

こういうことを長期間にわたって継続的におこなえば、体型だって変化します。「動き」が体型を作っていくわけですが、この「動き」が人為的なものであった場合、体型も「人為的」にならざるをえません。

このような状態で日常生活の動きをおこなえば、ふつう何気なくおこなっている動きですら、トレーニングの影響を受けた、人為的な「動き」に変わっていきます。

この状態では、自分にとって「自然」と感じていることが、自分本来が「自然」と感じていたこととはズレてきますから、生活のすべてが「不自然」になっている可能性すらあるのです。「不自然」があたりまえになってしまうと、「動き」を改善していくことも容易ではありません。

そこで日常動作でも一つの目安をつくっておきます。それは「力が身体の中へ向いてくるような動き方をしない」というものです。「静止状態のつりあい」でも述べましたが、不要な緊張があると、かならずその部位が凝ったり、痛みを覚えたりするものです。こういうときには「力がそこの部分で滞っています」。つまり身体の中へ力が返ってきているのです。

何か動作をするときには、力は身体の中から外へ向いて伝わっていかなければなりません。それが返ってくるときには、力が滞るところに、「凝り」とか「痛み」などが生じるのです。緊張したところに力は滞りますから、「凝り」や「痛み」といった肉体的な苦痛を逆に利用することで、自分の身体運用上の欠点をさがしだし、ひとつずつ解決していくのです。・・・。

遠くのものを取る「腕を伸ばす」というなんの変哲もない動作でも、正確にやろうとすると、それほど容易ではない人もいます。腕を伸ばそうとするときに、肩から上がっていくような動きでは、肩が上がった瞬間に、腕の重さが肩に全部かかってきますから、物を持つ前にすでにきつい動きになってしまいます。これは肘が上がる人でも同様ですね。

これにたいして手の先端、つまり指の先から伸ばしてやるようにすると、肩はそれほどきつくはありません。たったこれだけのことで、力の流れ方が変わってしまうのです。

物をつかんだ後、自分の方にひきよせる場合でも同じです。手首とか肘などを自分の方にひきよせるような動きをした瞬間に、力は自分の中に返ってきます。逆につかんだ物そのものを自分の方にひきよせてくると、力は自分には返ってこないで身体の中にきつさは生じません。

ところが日ごろから重いものを操作する癖がついた人だと、自分が持つものの重さに関係なく、無意識のうちに肩が上がってしまいます。そして苦しいトレーニングをしているさいちゅうの動きが顔を出してくるのです。

脚足の場合でも同じようなことがいえます。

腹筋に力を入れるトレーニングを熱心にやっていると、腹筋を緊張させ、力を入れなければ脚足が動いてくれなくなるのです。脚足を動かしたいのなら、何も考えず「脚足を動かす」ことだけに集中すればよいのです。

腹筋で脚足の重さを支えてあげようなどという意識がはたらいたとたん、腹筋なしには脚足が動かない身体になってしまうのです。これでは苦労して動きにくくしているだけのような感じがします。』

トレーニングでは、意識をもって、またどこを意識してと言われるわけですが、その意識ポイントを間違えたり意識しすぎたりすることで「自然」ではない「不自然」な身体の使い方をしてしまい、それが自然となってしまうことが生じるということです。

ウエイトトレーニングでは、鍛えたい部分にだけ集中することになっていますが、楽に大きな力を発揮するためには、できるだけ多くの筋肉を一度に協同させて使うことです。

私はこれまで身体を動かす手順・順番を間違わずに、力を増幅させていく・伝達していくということを言ってきましたが、その順序を間違えることなく、つながりの動きをより同時的に行うということになるのだと思います。この点は、今後のトレーニングの指導で役に立つアドバイスになるのではないでしょうか。

「不自然な動作」を「自然な動作」として身体に認識させないことが何より大切だということです。この本にも書かれていましたが、筋力トレーニングは積極的にやるべきものではないということです。その前に、身体の使い方を習得させることに時間を割くべきであると。そして、必要に応じて筋力強化をすべきであると。

自然な動きでスムーズに活動を続ければ、自然にその動作に必要な筋肉が協同しながら強化されるということです。当然そこには、その動作に適した体型が見られるようになるということです。私が常々いかに自然な動きをさせることが動きの習得とパフォーマンスの向上の早道であるといっていることを、このような著書の中で公言してもらえることはうれしいものです。

文庫ものですので読みやすいし、多面的にも参考になると思います。ぜひ一読してください。

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