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陸上日本選手権|ニュースレターNO.195

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前回のニュースレターで、「4年に一度のタイミングで、ピタリと選考会に合わせてこられるだけのピリオダイゼーションを実践できた選手が何人いるのかも楽しみです」と書きましたが、やはり明暗が分かれたようです。今年怪我で走れていない為末選手は、大方の予想を裏切り、見事優勝し、北京オリンピックの出場権を手にしました。

ただ、情けなかったのは、楽勝を予想された成迫選手が自滅して負けてしまった感が強かったことです。前半は、次々とハプニング的に力を発揮しきれなかった選手が続出しました。北京の切符を手にする予選会で、いつもの力が出せなかった選手が多くいた事は、本当にさびしい思いがしましたし、どのようにこの大会までに計画を運んできたのか、情けなかったですね。

結果を出せなかった選手には、各々いろんな状況があったのだと思いますが、それは世界を目指す選手ではないといえるかもしれません。不振だった選手を追ってみました。
まず、女子棒高跳びの選手ですが、4m30(北京五輪の参加標準記録B=以下、B標準)を突破していたにもかかわらず、2名の選手が最初の試技の高さ、4m10を失敗し、その高さを跳んだ選手が優勝しました。スポーツナビ 2008年6月26日には、次のように書かれていた。

『大会前には、日本記録(4m36)保持者の錦織育子(出雲市陸協)、前回大会で大会タイ記録(4m30)をマークして2007年世界選手権に出場した近藤高代(長谷川体育施設)、そして前々回でこの大会を優勝している中野真実(今治造船)のB標準突破者による三つ巴戦が予想されていたものの、今季に入って自己記録を二度塗り替えるなど好調ぶりを見せていたダークホースが優勝をさらう形となった。

錦織と近藤はともに4m10から試技を始めたものの、ともに記録なし。近藤はレース後、左足の臀部(でんぶ)から太ももにかけて痛みがあったことを明かし「イチかバチかで勝負したが、1本目の試技で痛みが出てしまった」と、悔し涙を流した。中野は4mを一発でクリアした後、4m5、4m10をパスして4m15に挑戦したが、3本連続で失敗に終わった。』

先に書いた為末選手については、次のような記事がありました。

『3月にふくらはぎを負傷し、その後もけがで満足な練習が積めていない為末と、5月の国際グランプリ大阪で49秒00、北京五輪プレ大会で48秒87を出して優勝し、勢いに乗る成迫の対決に注目が集まった。 26日の予選では、為末は50秒87で、予選通過者の中で最も遅いタイム。

レース後には、「(けがの影響で)練習ができていないので1本いくとつらい。前半にいくと最後が力尽きる不安がある」と神妙な面持ち。一方、予選をトップで通過した成迫は「完成形は北京で」と余裕の表情。しかし、為末の話になると、「勝負に徹する。去年はラストで負けているので、今年こそという思い」と、打倒・為末に向ける強い思いを語っていた。 19時25分、為末が1番目、成迫は2番目でレーンに入り、入念にスタート台をチェック。

成迫が練習で、スタートから2台目のハードルまでを飛んだのに対し、為末は1台目までしか飛ばなかった。 選手は着替えのためにテントに戻る。成迫はじっと座って集中を高め、為末は体をほぐしながらスタートの時を待つ。 17時32分にスタート位置に付くと、成迫はここでも下を向いて目をつぶって集中していた。

「位置について ヨーイ、パン!」 前半を抑えていくと言っていた為末がスタートから飛ばす。「レース前に自分を抑えられず、かっ飛ばしてしまった」(為末)

「試合でこんなに体が動かないのは初めて。スピードに乗れず、ずるずるいってしまった」という成迫だったが、必死に追いすがり、最後のハードルでは両者が並びかける。しかし、最後の直線で為末が脅威のスパートで成迫を引き離してゴールイン。 「走っていて(成迫君が)まだ見えない、まだ見えないと思って、最後少し横目で見えたんですけど、ラストはあり得ない力が出ました」(為末)

「成迫君に負けるかも、五輪を逃すかもとという2重の苦しさで夢にまで見ました。スタートしてからゴールするまで彼のことを考えていました」という為末が、不調を乗り越え、7度目の日本選手権優勝、そして3度目の五輪出場を決めた。 一方の敗れた成迫はレース後もトラックに座り顔を覆っていた。 「勝ち負けを意識していたので情けない。

納得できないというか、整理できない結果」 レース後、両手を上げてガッツポーズを繰り返す為末と、うつろな表情でトラックを後にする成迫。勝負の明暗がくっきり分かれた瞬間だった。』

次に末績選手は、予選の走りを見て、優勝は問題ないだろうと思われたのですが、決勝では、130m辺りで完全にエンストし、3位になってしまいました。100mを捨て、200m1本しか走っていなかったのに、何が起こったのかわかりません。スポーツ報知に、次のように書かれていました。

『男子二百メートルの決勝で、日本短距離界のエース・末続が、21秒16の3位に終わるまさかの結末。「スカッとやられた。悔しい」と歯ぎしり。序盤は快調に飛ばすも残り70メートルで急失速。前日の予選での今季ベスト、20秒67にも届かなかった。

体調管理面で苦戦が続く。昨夏の世界陸上では原因不明の全身けいれんに襲われ、初の2次予選敗退。今季は二百メートル一本に絞り、試合数を減らし初戦も5月のプレ五輪にずらして調整。

コーチの高野進・日本陸連強化委員長は「敗因は疲労の抜きが足りなかった」と説明し、練習方法の見直しを示唆した。五輪代表入りをめぐっては、3位に終わったものの派遣標準記録Aを突破しているため、選考対象になる可能性がある。「最後まで絶対にあきらめない」と末続。3大会連続の五輪出場となるか。』

そして、昨年の日本選手権からおかしくなった女子走り幅跳びの池田選手も、予選を2回ファールし、決勝に残ったものの、ジャンプにならず3位になりました。気になったのは、いつも一緒にいる福島大学の監督・コーチが見当たらなかったことです。見たことのない人にアドバイスを受けていたように見えたのですが、何かあったのでしょうかね。彼女のことについては、静岡スポーツに次のように書かれていました。

『池田のしなやかな跳躍は、この日も戻ってこなかった。試合では1度も試したことがなかった新しい助走を取り入れたのが裏目に出た。 5月のプレ五輪までは、最初の一歩から全力で突っ込んでいく助走スタイルだったが、終盤までスピードを保てず、失速した状態で踏み切るケースが多くなる欠点があった。

この日は、リラックスした状態で入り、残り15メートルで一気に加速する方法に切り替えたという。 ただ、大会前の練習では手応えをつかんだはずだったが、試合で使うには早過ぎた。1、2回目の連続ファウルがそれを象徴していた。途中で何度も修正を試みたが、持ち味の滑らかな跳躍につながらない。

「新しい助走を定着させられなかった。試技練習中に、足の裏がつったことも気になっていた」。敗因は自分の中ではっきりしていた。 2年前のアジア大会を制して以降、不調が続いていた。昨夏の大阪世界選手権ではまさかの予選落ち。今季に入っても、平凡な記録が並んだ。日本記録6メートル86をたたき出した時の鋭い感覚を取り戻せずにいる。

最後の選考会となる7月6日の南部記念(北海道)に望みをつなぐ。「力を出し切って負けたなら泣いていたかもしれないが、今日は自分の初歩的なミスだった。(代表に)選ばれたらいいなという“お願い”の気持ちではない。最後にしっかりと結果を出して、自分の力で選ばれたい」。まだ、夢をあきらめてはいない。』

あと一人、男子走り高跳びの醍醐選手も、自己記録の2m33cmに遠く及ばぬ2m15cmで2位でし。雨ということもあったのですが、A標準の2m24cmも遠かったようです。

今回の日本選手権は、好天には恵まれなかったのですが、さすがという選手は、やはり室伏選手でした。今シーズン最初の試合で80m98cmを投げました。観ていて、予定通り進んでいるという雰囲気を感じ取れました。目標に向かって地道な積み重ねが大切ですね。

不調というか、結果を出せなかった選手のうち、成迫選手と末績選手は、北京の代表には選ばれました。しかし、池田選手や醍醐選手は、1週間後の南部記念の大会で追試選考されることになりました。なぜ追試があるのか理解できませんが、本番であれば予選落ちなのに、もう一度予選をやってくれということだと思うのですが、日本の代表選考がよくわからないのがここです。

目標の大会にピークをもってこれない選手が、1週間遅れで結果を残して、それでオリンピックの本番で力が発揮できるのでしょうか。当然無理です。1週間のピークの違いは、許されないのが、選考会であり、それができて初めてオリンピックでも期待できると思うのですが。

昨年の世界陸上を思い出しました。男女の全種目にエントリーしたのですが、ほとんどの選手が、無残な結果で敗退しており、健闘したり、善戦したり、自己ベストを出した選手もいなかったように思います。ピークをどこにもってこなくてはいけないのか、ピークはどれほど続くのか、そんなことが理解できていない結果であったと思いまう。

さて、1週間後、五輪代表最終選考会を兼ねた南部忠平記念大会というより、追試が7月6日に行われました。その結果は、時事通信に次のように書かれていました。

『陸上の北京五輪代表最終選考会を兼ねた南部忠平記念大会は6日、北海道・函館市千代台公園陸上競技場で行われ、女子100メートルで日本選手権覇者の20歳、福島千里(北海道ハイテクAC)が11秒49で優勝した。同走り幅跳びは池田久美子(スズキ)が6メートル70の好記録、男子走り高跳びは醍醐直幸(富士通)が2メートル21でそれぞれ制した。

日本陸連は大会終了後、同五輪代表の残り4枠・4人を追加発表。福島は五輪参加標準記録Aに達していないが、昨季からの著しい成長ぶりなどが評価されて代表入り。女子100メートルでは1952年ヘルシンキ五輪に出場した吉川綾子以来、日本選手で56年ぶりとなった。既にA標準を突破済みの池田と醍醐は6月末の日本選手権で勝てなかったため、「追試」として五輪代表入りに再挑戦して優勝。ともに初めて代表に選ばれた。

男子400メートルは堀籠佳宏(富士通)が46秒25で優勝。同1600メートルリレーの要員として初の五輪代表に選出された。女子400メートルで丹野麻美(ナチュリル)が52秒94で優勝したが、A標準(51秒55)に届かず、代表入りは見送られた。 福島千里 本当にびっくりです。きょうのレースを終えた後は、また頑張ろうと思ったけど、こうなる(代表選出)とは考えもしなかった。

(女子100メートルで56年ぶりの五輪代表に)びっくりしているので…その辺りはよく分かりません。成長ぶりが評価された? わたしもそう思います。』
池田選手の記事に次のような物があった。

『5月の国際GP大阪大会後、学生時代から指導を受けてきた福島大・川本監督の元を離れた。「大人の選手になりたかった。自立したかった」。日本選手権では助走を18歩に変えて失敗したが、今大会は「不安のない助走を」と従来の20歩に戻した。かつての恩師にも相談せず、出した結果が成長の証だった。』

自立の意味はなんなのでしょうか、最後の段階でこのようなことが起こること事態大変な問題で、結果は出ないはずだし、出ても偶然のものといえるかもしれません。とても、長期目標に向かってやってきたと思えないし、計画性のなさが見て取れる気がします。

池田選手に限らず、このような状況で、オリンピックで期待できるのでしょうか。奇跡もいいですが、良いほうの当然の結果を期待したいものです。

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