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体幹と股関節について|ニュースレターNO.211

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先日の8日(日)に平成スポーツトレーナー専門学校の卒業式があり、いよいよあと1年となりました。この1年間に来年からの活動の地固めをしようと思います。これまでに得てきた知識と情報と、ものの考え方、そしてテクニックなどを人に伝えていくことが私の使命だと思っております。

人に教えることが楽しいし、とても有意義な時間に思えます。選手に対して、トレーナーに対して、また施術家の方々に密に接しながら私の技術を教えて行きたいと思います。もうすでに、東京と北海道で尐人数制の勉強会(有料です)を始めております。数名集まれば、どこにでも出かけますので、遠慮なく御連絡ください。

さて、今回はSportsmedicine 2009 NO.108に掲載されていた徳島大学の荒木秀夫氏のコメントを紹介したいと思います。荒木氏はこれまでコオーディネーションに関して数多くの掲載をされています。現在彼の掲載文を寄せ集めて、目を通しているところです。

そのなかには、現状のコオーディネーショントレーニングの勘違いとコオーディネーショントレーニングの本質について詳しく述べられているものがあります。非常に大事なことが書かれています。何れまたの機会に紹介したいと思いますが、今回は、最新の掲載文の中から、体幹の動きの大切さを語られているところを紹介したいと思います。興味のある方は、全文を読まれたら参考になると思います。

『-コオーディネーションの視点から、体幹、股関節、その連動をどう捉えるか。

荒木:コオーディネーショントレーニングでは、定位、分化などの能力があるとされ、よく定位能力のトレーニングとか、分化能力のトレーニングという言い方でトレーニングが行われます。その場合、その能力を高めることだけを意識するならば、それは結果的に「非コオーディネーション的」な受け止め方と言えます。

「さあ、コオーディネーションの平衡能力のトレーニングをしましょう」と言って行われていても、従来のバランストレーニングと何がどう違うのか。それが明確でないことがあります。

コオーディネーションの能力については、いろいろなものが並べられ、分けられ、その分け方自体もいろいろあるのですが、大切なのはそのすべてに共通したものがあるからコオーディネーション能力として活かされるということです。

筋力や持久力と違って、定位や分化などは、用語としてはわかりにくいのですが、そういう共通したものがあって、コオーディネーション能力にくっきりとつながるもの、それを支えるものがあってこそ、コオーディネーショントレーニングにつながります。

その共通に支えるものとは何かというと、ひとつは運動の発生。つまり、運動の発達はどういうふうに進むのかといったことです。また、感覚と運動を常に連結させていく生物的な特徴といったようなこともあります。ですから、定位能力、分化能力、平衡能力と言っても、そういう視点で常に共通した方法でつないでいかなければなりません。

体幹、股関節という点では、運動の発生の問題が深く関係します。運動の巧緻性は、やはり、まず胴体(体幹)があって、そこから手足につながっていくという見方。興味深いことに100年ほど前に集中して、身体、運動についての考え方や、身体技法が提案され、それらが教育に導入された時期もありますが、やはり体幹のことに触れている。

また、その後の、動物行動学のような分野でも、体幹に関するものが行動発生論などに組み込まれています。古典的な、たとえば武術などでは言うまでもありません。そんな具合で、コオーディネーションならずとも、やはり運動ということであれば、体幹は常に中心的な問題となり、コオーディネーションの理論でも、例外ではありません。

コオーディネーショントレーニングについては、旧東ドイツが有名なのですが、実はこの国で、ゼロから始まったわけではありません。たとえば1902年に、すでにドイツ語で書かれたコオーディネーションの生理学、病理学についての著作が出版され、そのなかでもやはり体幹について触れられています。

私がコオーディネーションのなかで体幹をどう捉えているかと言うと、軸とか重心とかを語る前に、体幹を、まずは動きの起点になるところというふうに捉えています。これが出発点であり、コオーディネーションを支える運動の発生からの見方のひとつになります。

その起点とは何かということですが、単純に手足の動きから説明しますと、たとえば、大学での筋電図実習中に、「前腕屈筋を使う動作をしてください」と学生に言う、すると解剖生理学をよく知らない学生だと、上腕二頭筋を使って、肘を屈曲してしまうことがほとんどです。

その筋の起点があって、そこから筋が収縮して末梢に動きが生じるという発想がなかなか出てこなくて、大腿四頭筋を使ってと言えば、膝の伸展ではなく、膝を持ち上げるような動きになってしまう。使う筋ではなく、その筋自体が動くような運動になる。

これは、解剖生理学を習ったスポーツ選手でも、そういう動かす部分に意識が行ってしまって、「動かす起点」には向いていかない。バレーボールでの手先、指先への意識、オーバーハンドパスで失敗すると、「おかしいな」と手や腕の動きを再現して、「こうか、ああか」とやっている。

それは、多くの場合、起点の感覚からの修正ではないんです。起点を感じると、やがて筋の起始・停止というような解剖的なことから、さらにこれを超えた運動のマクロな起始・停止へとつながって感じ取るようになり、体幹にたどり着く。

胎児も、成長過程で、最初は尻尾があったりして、個体発生は系統発生を繰り返すという有名なエルンスト・ヘッケルの学説ではないけれど、その過程のなかで、体幹があり、それは重量、質量が高く、そこに手足が従属しながら、どんどん発達するという流れがあります。

生まれてからも、たとえば腕を動かすとき、コオーディネーションとしての運動の起点は体幹の深部の感覚にあり、そして、やがて体幹にとどまらず、起点は外に向かい出す。

歩き始めるときには、軽いものと重いものでいうと、重いものは動かないで、軽いものがよく動く。水中では体幹は動かず、手足が動く。だから泳げるということになるのですが、今度は逆に、鉄棒にぶら下がって足を振ろうとすると、まず体幹を動かそうとします。

樹上生活から、地面に立つと、地面を起点にして、足を使って動こうとする。そのときの起点はある視点で捉えると地面ということになる。地面からくるエネルギーの反動を使って動こうとする。このように、体幹を中心にして動きが発生するのと同時に、手や足が、堅い固定された壁や床に触れると、末梢を起点にして自らを動かす。

しかし、この場合でも体幹から起点が始まり、尐しずれて末梢からも起点が生まれる。だから、体幹を中心としたところから動きが生まれ、今度は起点が外から加わったりするようになる。スポーツにおいて体幹を鍛えるというときに、体幹から外に向かうトレーニングから、後には外から体幹に向かうトレーニングになっていく。

つまり、手先、足先の動きを起点とすることが、やがて必要になってくる。中から外へ、外から中へと、放射線状に広がったり、縮んだり、行ったり来たりする。体幹から常に一方向的に流れるというのはコオーディネーション的にはあまり意味をなさす、私は「跳ね返りの運動」と呼んでいますが、跳ね返してみる。

バレーボールの選手が試合前にオーバーハンドパスの練習をして、いよいよ試合というときの最後の仕上げは、体全体は固定して、手先だけでパスをするとか、体幹を固定して動こうとします。

本来、外部からの反動で体幹が動こうとするのを、体幹が反対方向に動くことで、あたかも体幹が固定されて見えるということが起こります。これは、動きを通した静止です。典型的な体幹運動です。このように、中から外、外から中という流れを繰り返すことが大事になります。

つまり、中心的な体幹がある。常に中から外に向かい、それと同時に外から中にも向かう。そのバランスがあって体幹を使いこなすことができる。そういう考え方をしています。

-一方通行ではない。

荒木:そうです。しかし、出発点は「中から外」です。道具を操作するようになってきて、「外から中」への流れが顕著になります。鉄棒にぶらさがるのもそうですが、逆立ちもそうで、外を基準にして体幹を修正する。しかし、体幹と言えども、立位歩行という大革命を起こしたので、骨盤の果たす役割のウェイトは大きくなります。』

『-赤ちゃんの場合も、最初は仰向けで股関節を屈曲させている。

荒木:そう、かつ股関節は開いた位置(外旋位)になっています。

-すると、動きの発生としては、体幹と股関節から?

荒木:最初は首から肩ですね。妊娠しておなかの中にいるとき、首から肩がかなり動いているそうです。その段階では母体はまだその動きを感じ取れない。「赤ちゃんが動いた!」というのは、手足が動いた段階です。文献によると、それ以前の段階で7割くらいの運動が首を中心として盛んに起こっているとされています。

動物の発生も同様で、頭部の中枢神経があるほうから屈曲の動きが出てきて、次に首より下に動きが出て、全身の大きな「く」の字型の動きが出てくる。やがてそれが滑らかな動きになっていく。初めは体幹の動きに連動的、従属的に手足が動くのですが、やがては手足が単独、自立的に動くようになります。

新しい運動を行うときも同様にそういう神経の回路を土台にしているので、それに沿った使い方をしていくことが大事だと思います。
-すると、体幹やコアのエクササイズを行うとき、首の位置が重要になる。

荒木:首の位置は重要です。「く」の字運動でも、まずは体幹を曲げながらも「首を立てる」ということを行います。ただし、トップアスリートになると、首を立てないで、首を動かしたままでもできるというレベルになります。

ボクシングの選手なら、首を立てたままではなく、首をどちらかに傾けてパンチをよけつつ、攻撃に移るとか、サッカーのゴールキーパーでも、それは一般の選手でもプロでも、いったん首を立てて認知したうえで、左右いずれかに跳ぶのですが、突出した選手は、まず首を跳ぶ方向にクッと曲げる。

そのほうが重心を移動させやすく、速く反応できる。しかし、これを一般の選手が真似しても、芋虫がサナギの段階を飛び越して、飛んでいる蝶に憧れて、羽もないのに飛ぶ練習をするようなもので、やはりサナギの段階を踏まえていかなければいけない。だから、まずは首を立てて適切な動きができる段階を経由しなければいけない。

スポーツの研究でも昔は、スポーツ経験者、未経験者あるいは未熟練者と分けて考えていたのですが、現在は、エキスパート、一般の選手、未経験者というふうに分けています。つまりトップ選手と一般選手とは違う世界だということです。私は、それはやはり生物で言う「変態」がなされているのだと考えています。

そういうプロセスがあり、コオーディネーションも一方向には進まない。途中で、ある質に向かってかたまっていくけれども、ある段階でその質をまた変えていく。途中の過程を飛び越してはいけない。

体幹や首の使い方もそうで、客観的な三次元において首がきちんと認知できるかということと、体幹が屈曲する、からだを曲げるときに、首を反対方向に曲げると、外から見たら首は固定されている。しかし、それは首を動かしているから、固定されて見える。さきほどの体幹と同じです。

このことは運動では多くみられ、現場の指導では「安定させて…」と言われるのですが、外から見て、そこが固定されているのは、他の部位に対して動いているからです。』

『-体幹は当たられたときのように「固める」つまり「固定する」のと、「うまく動かす」つまり「コントロールする」のと両方重要?

荒木:それについては、「柔よく剛を制す」ではないけれど、外力に対して動じないというのは、自分が圧倒的に相手より強いと、固い状態にするには足で踏ん張るという考え方が出てくるでしょうし、一方であえてそこで柔らかくさせて、外からきた力を“自爆”させる、そらせるということもあります。

すると、ガーンとはねかえらず、すっとそらしてしまう。こうした固さ、柔らかさということもあるし、固まったものを「無」にするということもあります。どういうことかと言うと、当たられたときに、からだをふっと宙に浮くようにすると、当たったときの反作用を減じることができます。

とくに自分のからだが小さいとか、力が弱いときには、ガッと地に足を踏ん張るのではなく、すっと膝を引くような感じで、当たったときにエネルギーを減じる。これは格闘技の人はうまくやっていると思います。

よく「打たれ強い」と言いますが、あれは首をうまく使って、相手の打撃が当たる瞬間に柔らかくなっていて、当たったとき自分の反作用を消すような身のこなしをしている。サッカー選手に言うのは、コンタクトプレーで相手が近づいたとき、筋力トレーニングをしている選手は、膝を曲げて股関節を外旋させて本能的に相手にぶつかっていこうとする。

しかし、横からの力には弱いのでケガしたりします。逆に、相手に向かっていくのではなく、股関節を内旋し、膝を内側に向けて、相手の力を無力化して、反作用が生じないようにするほうがよい。それで倒れるかもしれないけれど、相手の反則になるかもしれないし、何よりケガの予防、つまり受け身ができます。

柔道の受け身は畳をバーンとたたいて衝撃を和らげるというものですが、当たったエネルギーを分散させることですよね。体幹に当たった力を分散させる、あるいはエネルギーを殺ぐ(そぐ)というものです。固く動かないものを刀で切るのは切りやすくても、それがぶらぶら動いていると、よほど正確に刃を当てないと切れない。それと同じです。いずれにせよ、骨盤のところで感じ取る能力が大事になると思います。

-「骨盤で感じ取る」というのは骨盤と股関節の関係が重要?

荒木:そうです。股関節、前後上下の感覚というか。手や肘の関節は容易に大きく動くので、派手でダイナミックな印象を受けますが、体幹は動きとしては地味です。体操選手など例外はありますが、体幹は前後に40度、45度が限界と言われている。

しかし、よく考えてみると、腰椎、胸椎、頚椎というふうに脊椎があり、椎骨が1つ1つ微妙に動く。比較的動くところとあまり動かないところがありますが、地味で大きな角度変化はないけれど、これほど自由度があり多彩な動きが可能な関節はほかにはないとも言えます。

だから、ほんの尐し動いただけで、他の関節よりはるかにバリエーションがあり、起点であるそのわずかな動きの変化によって末梢の制御の仕方も変わってくる。そういう意義があると思います。足の速いチーターのような動物の体幹の動きは非常にダイナミックですが、チーターの欠点は速く走るということ以外への適応には不向きだということです。

われわれヒトはそれを特定特化せず、ある意味中途半端にしておき、あらゆる面で適応できるようになっている。脊椎のS字カーブを完成させたのは人間だけで、他の動物は、結局四足歩行のかたち、行動をすっと維持している。

脊椎のS字は力学的説明もありますが、ああいう形状をとることで、脊椎のひとつの関節を曲げるだけで、全体に大きく関わっていく。部分的な小さな変化によって体勢を大きく変える、そういう有利な点を獲得しているわけです。』

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