アレクサンダー・テクニーク|ニュースレターNO.232

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さて、前回のニュースレターで「直す」必要性について書いたのですが、それに大いに関係することが「適切な姿勢」です。脊柱の上に重い頭をのせ、その土台である骨盤を二本足で支えているのが人間の直立姿勢です。当然不安定な状態でもあるので、姿勢の崩れも当然かもしれません。

その崩れはいろんな要因で起こると考えられます。身体の異常を直すにはその姿勢の崩れを直す必要があります。様々な身体調整テクニックもありますが、最終的には頭の位置を適切なポジションに持ってこなければいけません。頭の位置については、アレクサンダー・テクニークというものがあります。何年か前に少し紹介した事があるかもしれませんが、姿勢を考える上でアレクサンダー・テクニークの考え方を知っておくと参考になると思います。

今回紹介するのは、小野ひとみ著の「アレクサンダー・テクニーク(春秋社2008)」です。その中に、アレクサンダー・テクニークの重要なキーワードが出てきます。プライマリー・コントロール、ミーンズ・ウェアバイ、インヒビション、ダイレクションですが、以下にそのポイントとなるところをピックアップして紹介したいと思います。興味のある方は、ぜひ上記の著書をお読みください。

『この地球上には重力というものがあって、私たち人間はそれに抗して、二本足で起きあがった体勢で動いています。起きあがっているということは、本来、私たちの身体は、頭という重たいものを脊椎のいちばん上にもってきて、それを支える構造になっているということです。

アレクサンダーの言うプライマリー・コントロールとは、頭が先行して、脊椎という身体の中心的な存在へと動きが伝わり初めて全身が動くという、人問が持っている「動物としてのいちばん最初の、最も基本的な能力」のことを言います(アレクサンダー・テクニークを紹介する本では、「初原的調整作用」と訳されている場合もあります)。

赤ん坊の発達を観察してみると、このプライマリー・コントロールがよくわかります。

赤ちゃんは初めは仰向けで寝ているだけですが、だんだんと、うつ伏せになったり、うつ伏せの状態から頭を上げようとして背中を反らす体勢をとるようになります。頭を動かし脊椎をしならせて、だんだんと頭が高い位置に上がっていく。頭が上がるようになると手足を大きく使うようになり、四つん這いにほふくなります。

そして匍匐前進から、もっと頭が高くなるようになると、お腹が床につかない形の四つん這いになる。もっと頭が高くなるとつかみ立ちをする。しばらくすると手を使わずに立てるようになります。

そうやって、頭をいちばん高いところに置こうとして、上に向かって支えるという構造が完成したときに、私たち人間の身体は最も機能的になるようにできている。人間はそのような体勢をとった時に初めて、身体の機能が100パーセント自由に活用できて、人間らしい活動ができるように進化してきたとも言えます。

私たちは本来、赤ん坊のときからこのプライマリー・コントロールを持っていて、感覚が目覚めている状態の時には、このコントロールがいつも働くようになっています。「何かをするぞ」という行動の意思を持った時には、いつも頭が先行し、その頭を支えるべくプライマリー・コントロールが働いて、脊椎を通じて全身が動きだす。赤ん坊と同じく、特別に自分でそうしようとしなくても、本能的な能力としてそのようにできているものなのです。』

『日本語に翻訳されたアレクサンダーのいろいろな関連書の中でも、文脈に応じて「手順」となっていたり、さまざまに訳されています。ようするに、「結果(目標)を達成するまでの過程に注意を払う(焦点をあてる)こと」です。たとえば「座る」という目標に向かって、その時の事情に合わせて、その瞬間瞬間に適切な手段(ハウ・トゥ)を選んでいく。それがミーンズ・ウェアバイです。

考えてみると、これこそ人生そのものではないでしょうか?私たちはいつも、絶えず変化する状況に直面して、その瞬間瞬間に適応しながら生きているのであって、初めから「これをします」とか、「このようにします」と決めて動いているわけではない。状況に合わせて自分をコントロールし、その過程を味わいながら生きている。

ただ、アレクサンダーが〈ヘッド・リード〉と言うように、頭が決めないと行動は始まらないし、状況に合わせて自分をコントロールすることもできない、もちろん結果(目標)にも到達できないんですね。

その人の「気づき」をうながすための技術として、アレクサンダーの先生たちはたくさんの時間をかけて修練して、(もちろんこれだけではないですが)公認教師として認められているんです。誰にでも触ってもらえれば気づくというわけではなくて、実はとても高度な技術なんですよ。先生によっても上手・下手や得意・不得意があるでしょうが、みずからアレクサンダー・テクニークを実践しながらレッスンをしている先生は、生徒の「気づき」をうながすのがとても上手です。

アレクサンダー・テクニークのレッスンは、身体感覚として、自分の〈過程〉を感じとっているということ、つまり身体の能力を意識できているという「気づき」をうながすことを一つの目的としています。その人が自分の心身の状態を感じとることができれば、それは五感がきちんと働いているということですから、コントロールが可能になる。

何かのハウ.トゥを教えるとか、正しい姿勢や動きかたを教えることではなくて、その人が本当にしたいことができるようになるために、心身をコントロールする術を身につけること。アレクサンダー・テクニークは、とてもシンプルだけれども、人問が生きていくうえで非常に大切で根本的な、一つの術(技法、テクニック)なんです。』

『インヒビション(Inhibition)は、アレクサンダー・テクニークの関連書では「抑制」と訳されることが多い言葉です。ただし日本語の「抑制」には、何かを無理に我慢するとか、自由にしてはいけない、といった否定的な意味も含まれてしまいますが、アレクサンダー・テクニークで言う〈インヒビション〉には、そういう意味合いはありません。

ボデイマインドインヒビションは、身体と意識の二つのうち、どちらかというとマインド(何を考えるか)に関するキーワードです。一方、あとで説明するダイレクションは、ボディに関するキーワードです。

私たちは常に、外界からいろいろな刺激(情報)を受けとっていますが、それらの刺激に対して、ふだんは、習慣的・反射的に反応しています。つまりこれが習慣的な行動なのですが、その習慣的・反射的な行動を、一時、中断するのがインヒビションです。

もちろん、刺激を中断することはできませんが、反射的な反応をすることを一瞬、「ちょっと待てよ」と思いとどまる。そして、今のこの状況を感じとって、さまざまな動きの可能性を考え、その中から自分で「こうしよう」と選択をして行動を起こす。このような、一瞬のなかでの過程を可能にする時間、余裕、あるいは間(スペース)を作るために行なうのがインヒビションです。

言い換えれば、習慣的な反応をとりあえず抑制することによって、まずは、現実に感じていることを感覚として取り入れる瞬間をつくるとも言えるかもしれません。
刺激を受ける→とっさに(反射的に)動こうとする→反射的な行動に一瞬ストップをかけるロインヒビション→感覚器官で受け取ったことを意識に取り入れる→状況を判断する→行動の可能性を考える→自分の判断で行動を選択する→行動を始める』

『ダイレクション(Direction)というのは、自分で決めた行動を起こすところから始まる、いわばボディの領域のキーワードです(Directionはディレクションと発音することもできます)。

行動を起こす、つまり行動の行程が始まる時には、プライマリー・コントロールが働いている身体であれば必ず持っているはずの、身体のダイレクション中での方向性があります。

身体の各部分にはそれぞれ筋肉の動く固有の方向があります。つまり動きたい方向が決まっているわけです。F・M・アレクサンダーは、そのなかで最も基本的と思われる方向性を四つ挙げていて、それを〈ダイレクション〉と呼びました。インヒビションをして、そして行動を始める直前に、「私はこれからこの四つの方向性を感じ取りながら行動します」と宣言する。それがアレクサンダー・テクニークのレッスンで教えるダイレクションです。

インヒビションだけでもかなり有効なのですが、それだけだと、行動を起こす時に再び自分の感覚や身体の動きに無頓着になってしまって、習慣的な動きをしてしまう可能性が高い。だから、ダイレクションを感じとると宣言することで、そこに注意を向ける目標をつくっておくわけです。ダイレクションは、「私は今、自分の行動の行程をわかっている」と確信できるための、一つの道しるべなのです。』

『生徒によく言っていることですが、I knowというのは脳でわかっていること、でもI understandというのは身を通してしか言えないことなのです。体験をしてからでないと、I understandとは言えない。身体を通してわかったときに、初めて「わかった」と人間は言うのであって、それまでは単に「知っている」程度、頭(脳)の中に存在しているだけなのです。人間が身体でI understand=わかったときに初めて、それは実在することになるのではないでしょうか?

特に教養が高い人や理性が強い人は、I knowのところでもうすべてできるように思い込んでしまう傾向があります。本を読んで、アレクサンダー・テクニークの理論とか課題とかの知識を頭に詰め込んで、もうすべてわかったような気になってしまう。でも実際の生活のなかで活用できるかどうかはまた別の話です。

アレクサンダー・テクニークの関連書は翻訳もたくさん出ていますからそれで勉強はできますが、日常の暮らしのなかで実際にこの術を実践できていない人はたくさんいます。

「知っている=I know」ということと、「体得している、わかる=understand」そして「できる=I can do it」ということには大きな違いがあります。私はヨーロッパ留学中にアレクサンダー・テクニークをはじめいろいろなことを勉強して、いろいろなことを実際に「わかる」ようにもなったのですが、ある時期、「わかっているけれども、できない」自分に直面する出来事が重なって、それからは、「わかる」と「できる」の違いも真剣に考えるようになりました。』

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