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素人発想|ニュースレターNO.247

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今回は、金出武雄著:素人のように考え、玄人として実行する(PHP文庫 2004)を紹介します。著者はロボット工学の専門家で、スーパーボウルで使われたアイビジョンシステムなどの先進研究開発を創生され、「考える時は素人として素直に、実行する時には玄人として緻密に行動しろ」という考えを持っておられます。

また、「成功を疑え」とも言っておられます。このことは、私が昔から勉強会や講演で話をしていることです。一般的には、誰かの講演や講習で聞いた話、専門家という方が書いた本を読むことから、知識を得て実戦に結び付けようとしています。しかし、人の話や本に書いてあることは、すぐに納得して受け入れないようにと言ってきました。

私の話や本に書いたことも同様です。あくまで参考にすることです。それは、そこから応用を利かせられるかどうか考えるということです。

そういう意味でも今回紹介するものは、情報の得方、勉強の仕方、その理解の仕方、アイデアの生み方という観点から大いに参考になると思います。文庫もので、細かくテーマに分けて書かれているので、気になるところを拾い読みされたらよいと思います。

『発想は、単純、素直、自由、簡単でなければならない。そんな、素直で自由な発想を邪魔するものの一番は何か。それはなまじっかな知識-知っていると思う心-である。

知識があると思うと、物知り顔に「いや、それは難しい」「そんな風には考えないものだ」という。私などのように、大学の教授とよばれる職業の人間はつい、「その考えはね、君、何年に誰それがやろうとしたけれどうまくいかなかったんだよ」と知識を披露したくなるものでもある。

実際、専門家というのは「こういう時にはこうすればうまくいくはずだ」「こういう時にはそうしてはならない」というパターンを習得した人である。その分野を知っているだけに発想を生む視野が狭くなってしまう。

もともと発想は「こうあって欲しい」「こんな具合になっているのではないか」という希望や想像から生まれる。希望や想像は知らなくてもできる。とらわれがないとかえって斬新な発想を生み出す可能性がある。「できるのだ」という積極的態度につながる。

しかし、発想を実行に移すのは知識が要る、習熟された技が要る。考えがよくても、下手に作ったものはうまくは動かない。やはり、餅は餅屋なのだ。

コンピュータの進歩を見てもしかりである。コンピュータは最初、大型で高価、特別な安定化電源を必要とし、完壁な空調のきいたコンピュータルームに鎮座する存在であった。次に現れたミニコンピュータは、電源を壁のコンセントからとり、普通の部屋に置かれ、おもちゃのような磁気テープ装置をもっていた。大型コンピュータを見慣れた者にはなんだか危なっかしいものに見えた。

そんなミニコンピュータを考えついて、コンピュータを、科学計算をする機械からシステムを制御する機械へと、その応用範囲を飛躍的に広げたのは、IBMでもユニシスでもない、DECという新参の会社であった。

さらに、一人一台、机ごとに置く、IT革命のもととなる日常情報処理のためのパーソナルコンピュータという「もったいない」コンピュータのあり方を考えついたのは、計算機の会社ではないゼロックス社のパロアルト研究所であった。

また、現在のヒューマノイドやベットロボットの火付け役は、ロボット開発の枠外にいたと思われるホンダであり、ソニーだったのだ。しかし、DECも、ゼロックスも、ホンダも、ソニーも超一流の技術会社であることは言うまでもない。だから、アイデアを物にできたのだ。

私はこの現象は、研究開発においてその秘訣を衝いていると確信し、「素人発想、玄人実行」という標語にまとめ、学生や仲間に言っている。この本の題はそこからきたものである。』

『外国に住み着いて長く生活した人の誰に聞いても、共通する現象が二つある。

一つは私が素人社会学と名づけた現象である。彼我の比較をして、「アメリカでは、日本では」と言い始める。さまざまな習慣や考え方の違いに日々遭遇するものだから、自分の専門でなくても、文化や社会制度に関してまで自然とそれなりの意見が、比較的簡単に出てくる。

そして、その話の中には自分の経験やエピソードが自慢話として織り込まれる特徴がある。

もう一つは、「愛国的」になる現象である。日本の話題が出た時には人が自然と、日本人である自分のほうを見るから、ほめられている時はいい気がする。そうでない時は弁護したり反論したりする。そうしているうちに、だんだんと日本の代表のような気がして愛国的になっていく。

テレビを見て日本が変な扱いを受けていると妙に憤慨する。それと同時に、自分が「日本を代表して」文句を言われなくてもすむようにというところもあってか、日本にはああしてもらいたい、こうしてもらいたいという注文をつけるようになる。

私も御多分にもれず、このどちらの現象ももち合わせているようである。だから、日本のいろいろな方に会って食事をしたりすると、よくそんな話になる。先の「素人発想、玄人実行」もその一つである。

そんな私の話を聞いて、「あなたの話には、まるで嘘、ほとんど嘘、冗談、本当のような話、本当の話、自慢話、そして結構役に立ちそうな考えが、ないまぜになっていて面白いじゃないか」と言ってくれる人が何人かいた。それなら、それらを集めて本にしたら、ということになってできたのがこの本である。』

『私の研究者としてのモットーは、「素人発想、玄人実行」であると言った。書家に揮毫(きごう)してもらった額を自宅の居間に飾っている。研究開発に必要なのは、アイデアは素人的に自由に発想する、それを玄人的なやり方で実現していくことだという考えである。

この時、意外と難しいのは、専門家としての知識、つまり玄人としての成功体験を疑うことである。』

『素人は知識や経験がないから、固定観念にしばられずに自由な発想ができる。なにせ、「できるかどうか」より「こうあってほしい」という希望がすべてのもとなのだから。それは「できるのだ」という積極的でポジティブな態度につながる。

そもそも専門家とは、「こういう場合には、こうすべきだ」というパターンを習得した人である。逆に言うと、その型にとらわれてマンネリにもなるし、飛躍した発想がかえって出にくい危険性がある。既存の方法でうまくいったという経験と知識が、発想の貧困を招くこともある。

プログラム可能なコンピュータという現在のコンピュータの原型を考えた超天才フォン・ノイマンでさえ、FORTRANというコンパイラー言語のアイデアを示された時、

「コンピユータのプログラムを書くのに機械語以外のものがどうして要るのか」

と気に入らなかったらしいし、アセンブラ言語を機械語に直すプログラム(アセンブラー)を作って、ノイマンのコンピュータで走らせた学生には、

「そんな事務員でもできることをコンピュータにやらせるなんて、無駄だ」

と怒ったというから、玄人の思い込みは恐ろしい。

ここで、誤解してほしくないのだが、私は、一つのことをするのに素人と専門家の両方を入れたチームでやれ、と言っているのではない。そういうプロジェクトのやり方もありうるが、あくまで、「考える時は素人として素直に、実行する時には玄人として緻密に」行動しろと言っているのだ。物事を推し進めていくためには、自分がこの両方を合わせもち、使い分けなければダメなのだ。

そのためには、玄人として、せっかく築いてきたものでも捨てなければならないことがある。プロとしていい仕事ができるか、できないか、アイデアを完成できるかどうかの分かれ道は、捨てて変える決断力、勇気があるかであろう。

最近は失敗学などという学問もある。「成功から学ぶ」とか「失敗から学ぶ」ことは誰もが考えるが、実は「成功を疑う」のが一番難しい。』

『前出のMITのミンスキー教授はいつも一風変わった、しかし真実をつくことを言う人である。

ある時、私はテレビのインタビューで彼と一緒になった。私が、「ミンスキー教授、あなたはいろいろな分野で、創造的で、しかもほかの人たちの興味をそそり、新しい方向に導くような考えを多く出してきた。その秘訣は何か?」

と訊いた。彼は、答える。

「それは簡単だ。みんなの言うことの反対をしていればよい。みんながよいという考えに大体ろくなことはない」

なんだかうがった見方のように聞こえるかもしれないが、確かにあたっている。

コロンブスはみんなが東回りで航海してインドに着いている時に、西に向かいアメリカに着いた。江崎玲於奈博士はみんながダイオードの不純物リンの濃度を下げて、よいダイオードを作っている時に、不純物をもつと増やしてトンネルダイオードを発明した。

こんなすごい発見、発明でなくても、私自身にも似たような経験がある。産業用ロボットの腕はギア(歯車)を通じてモーターにつながって動いている。このギアというのはなかなか厄介なもので、摩擦はある、バックラッシュとよばれるガタはある、中にあるグリス油は温度で性質が変わるわで、速い動作を実現するのに必要な、運動を正確に予測できるモデルを作るのが難しい。機械技術者はみんなギアのよりよいモデルを研究していた。

八〇年代の初めにカーネギーメロン大学で、当時京都大学助手、現在MIT教授の浅田春比古博士と一緒に、「ならいっそ、ギアをとってしまえば」とギアを全部取り除いて、モーターを直接関節に埋め込んだロボットを作った。世界最初の直接駆動型マニピュレータというものである。

複雑なギアがなくなったので、簡単なニュートンの式でその運動が記述できる。その簡単なモデルを使って、従来の十倍以上速い動きのロボットができた。「ニュートン卿が予測したとおりに動くロボット」と言って説明したものである。

後述する「仮想化現実」技術につながった、複数カメラを使ったステレオの理論は、当時キャノンからの研修生として私の所に来ておられ、現在は東京工業大学教授である奥富正敏氏とともに考えたものである。現在、「複数基線型ステレオ」としてさまざまなロボット視覚システムで使われている。

この考えは一言で言えば、基線長(二つのカメラの間の距離)の長いほうがステレオの精度は高いという常識に反して、短い基線長のステレオを複数使ったほうが賢いというものである。

日常でも、株取引の人に訊くと、上がった株を避けて下がった株を買うといいという。

というわけで、ミンスキー教授の「みなの反対をしろ」との考えは結構当たっているようだ。』

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