伊藤出のプロフィール|神戸市灘区の六甲道近くで生まれました!

伊藤出
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はじめまして、パーソナルトレーナーの伊藤 出(@izuru_style)です。

現在、神戸・摂津本山というところでパーソナルトレーニングスタジオ Izuru Styleを運営しています。

いずる
パーソナルトレーニングにご興味のある方は、こちらをご覧ください!

こちらの各項目をクリックしていただくと、それぞれの悩みに対してどのように考え、改善・レッスンをしていくのかをまとめています。

シェイプアップダイエット痛みの改善スポーツ選手トレーニング女性の身体の不調健康

この記事では、僕のプロフィールをご紹介したいと思います。

先に簡単にまとめると、

・幼少期:おかんが家出していない

・小学生:野球を始め、洗濯・炊事は基本自分

・中学生:個別懇談に家で先からおかんがきて、先生に激怒される

・高校生:板前のバイトが先生にバレて、おかん呼び出し&裏切り

・社会人:1年目、板前

・ 〃 :2年目、沖縄でジムに就職

・ 〃 :3~4年目、芦屋の女性専門サロン入社

・ 〃 :5年目以降、独立しIzuru Styleオープン

こんな感じです。

僕からみなさんに一番お伝えしたいことは、

何歳からでも変われるし、他人と比べず自分史上最高のカラダとココロになってほしい

ということです。

※僕のおかんとの思い出ご覧いただくと、大体どんな人間か見えてくると思うので、良かったらこちらをご覧ください。
>>30年間で18年間家出をしているおかんの話

プロフィールの途中で、自分の考えていることを書いた記事も挟んでいますので、よかったらそちらもご覧ください。

3分程で読める内容になっていますので、もしお時間ある方は読み進めていただければと思います。

 


現在の僕について

僕は現在、30歳で子供が3人います。基本家族も仕事も大好きで、時間があれば家族と過ごしているか、仕事をしているかのどっちかですね。

見た目

よし!

これまで似てると言われたことがある人は、

・姉→清水翔太
・クライアント→はなわ
・知人→友達の友達

一番言われるのが、

知人
私の友達の友達にめっちゃ似てる!

ということなんですけど、これ言われていつも・・・

いずる
いや、誰やねん!

って突っ込みたくなりますけど、「ははは・・・」とかわしています。

ということで、僕は友達の友達に似ています。

性格

性格は、こんな感じだと思います。

・1度やると決めたらできるまでやる
・好奇心旺盛で、いろいろ挑戦する
・常に成長したい
・頑固で、人に甘えるのが下手くそ
・人懐っこそうに見える、人見知り
・細かく、考えることが好き
・子供は基本誰でも大好き
・掃除が好きでキレイ好き
・食事中に虫の話が出ると食べられなくなる

こんな感じですかね。

趣味・特技

趣味は本当にないです!しいて言えば仕事ですかね?それぐらい仕事が好きですし、別に家族と過ごす時間があれば他は特にないですね。

読書は結構しますけど、趣味じゃない感じ。これからまた見つけたいと思います。

特技も特にないですけど、炊事・洗濯・掃除・育児、基本全部できます。以前、板前&家事代行をしたことがあるぐらいです。

次は、どんな感じで育ってきたかお伝えします。僕が伝えたいと思うことの根源がこの生い立ちにあります。

 

家出をしておかんが家にいない家庭で育った

家出

僕は4人兄弟の末っ子ですが、現在60代半ばの親父とおかんがいて、伊藤家は6人家族でした。

僕は1988年4月8日、神戸の六甲道で生まれましたが、僕は生まれる前からおかんはすでに家出癖があったそうです。

野球との出会いとおかんの家出

小学1年生に同級生に誘われて野球を始めましたが、野球が楽しくて楽しくてのめり込んでいき、少年野球チームにも在籍しました。

チームのユニホームを買い、週末はそのユニホームを着て練習や試合をし、ドロドロになって家に帰っていました。

そんな小学2年生のある日、ふと学校から家に帰るとおかんの部屋はものけの殻状態になっていました。

いずる
おかんどうしたん?

と親父に聞くと、

親父
出ていったわ!

と言われ、そのとき初めておかんが家出した事実を知るわけですが、そこから今まで何度帰ってきては家出をしたのでしょうか。

30年間の内、合計で18年間は家出をしています。

小学2年生からすべてのことは自分でするのが暗黙の了解

おかんがいないときは、7つ上の姉ちゃんが僕ら兄弟のことをよく面倒を見てくれました。

ただ、基本的に炊事・洗濯・掃除については、自分でできるならすべてするというのが伊藤家の暗黙の了解でした。

ですので、小学2年生から料理もしていたし、ドロドロになった洗濯物も自分で洗ってました。

土曜日に着たユニホームを洗い忘れて、ドロドロのまま日曜日に着ていくということも何度かあり、今では良い思い出。

小学生のときはすべてに制限をかけていた

今思い返すと、すごくいろんなことを制限していたし、親父に迷惑かけたくなかったので、甘えたりもしませんでした。

例えば、少年野球で行く夏のキャンプは参加用紙をもらっても、自分で【不参加】と書いて出していたり、お茶当番になったときは、でかいポットを自転車の横にぶら下げて、運んでいました。

友達にお祭りに誘われてもほとんど断っていたし、全部親父のことを気にして断ったり、言わなったりしてました。

ただ、完全に何もしていないわけではなく、親父の機嫌の良さそうなタイミングを見計らって、たまにはこういう行事ごとには参加していました。

そんな感じで、小学生の頃は自分なりに毎日生活するのがきつかったし、自分のことは自分ですることが当たり前だったので、その環境で育ったことは今では大きなプラスになっています。

 

中学・高校では野球部の主将になり、大きく成長できた

野球

中学に入っても基本的な環境は特に変わりませんでしたが、中学2年生の秋から所属していた野球部の主将になりました。

この経験が自分を大きく成長させてくれたのかなと思っています。

弱小チームから強豪校へ

僕が中学1年生で入学したての頃、中学校の野球部は弱小チームで、ろくに練習も真面目にしていませんでした。

ですが、監督さんの熱血指導もあって、僕らの代になってからは神戸市で優勝したり、県でもベスト8、全国でも戦えるぐらいの強豪校に成長。

いろんな意味でしんどいことだらけでしたが、今思うとこの頃はまだまだ甘かったように思います。

結果、中学での僕のプレーを見ていた高校の監督さんから誘っていただき、結果的に神戸市立神港高等学校に入学し、野球部に入部しました。

高校野球は地獄だった

市立神港は、昨年合併し現在は神港橘という名にかわってしまいましたが、市神は古豪であり、野球部の上下関係もものすごく厳しい。

1年生は3年生に話すことすらできず、水が飲めないのは当然で、限界を迎えたときはトイレに駆け込み、トイレの手洗い場の水をがぶ飲み。

もっと追い込まれたときは、グランドに水を巻くとき、ホースの先端を持ち、指をひっかけて水しぶきを起こして、それをなめていました。

それぐらい追い込まれた中で野球をし、1度辞めかけましたがなんとか続けることができ、結果2年生の秋から主将になりました。

夏の大会では初戦敗退であっさり終わり、この時点で野球は引退しましたが、こういう経験が人間的にも自分を成長でき、今では良い思い出です。

野球を引退してからは、在学中に板前修業に入ることになります。

関連記事:野球がないことの方が不思議だった学生時代の思い出

 

板前修業から路頭に迷いトレーナーの道へ

板前修業から路頭に迷いトレーナーの道へ

野球を引退し、坊主頭のまま高校在学中に板前修業に入り、料理のイロハを学んでいきます。

本当は、ホテルオークラに就職予定でしたが、そこでは洋食のシェフしかなく、和食の求人がありませんでした。

願書も出し、高校生からは僕だけだったので、ほぼ採用状態でしたが、板前の大将に口説かれ、結局高校卒業と同時に、本格的に板前修業を開始しました。

結局1年で板前を辞める

本格的に修行に入りましたが、意外なところで僕は苦しめられることになります。

それは、板場での厳しさではなく、大将の女性関係です。料理人の世界は、遊び人が多いと聞きますが、派手さはないもののよく遊んでいました。

僕はそういう世界が苦手で、飲みに誘われても、よく途中で帰っていましたし、結果そういうストレスが重なり、夏に胃腸炎で入院してしまいます。

それがきっかけで料理の世界では生きていけないと思い、退職を決意します。

関連記事:18歳で板前になって必死のパッチで働き続けた1年間

そこから路頭に迷う

板前を辞めた後は、人生の中で最も生きがいを失い苦しんだ時期でもあります。

魚屋でバイトしてみたり、営業や郵便配達をしてみたり、いろんなことをしてもほとんど続かず、悩んでいたタイミングで当時付き合ていた彼女が沖縄に住んでいたので沖縄に旅行に行くことに。

そのとき、丁度沖縄ではプロ野球のキャンプが行われており、ヤクルトスワローズと横浜DeNAを見に行きました。

そこで初めてトレーナーという職業を目にし、憧れ、心に火がつきトレーナーを目指すことになります。

ただ、当時は若気の至りで、沖縄のジムに就職すればプロ野球のトレーナーになれるかもと本気で思い、タイミングよく沖縄のジムで就職試験が近い日にありました。

そこで、旅行を一旦切り上げ神戸に戻り、荷物をまとめてすぐに沖縄に移住しに行き、結果採用試験にも合格し、無事沖縄のジムに就職し移住することができます。

関連記事:転職を繰り返した19歳の秋。20歳で再び繰り返し精神的にきつかった。

沖縄のジムを辞めて芦屋のサロンに移り、その後独立

沖縄のジムに就職をして、1年もたたないうちに、「沖縄にいては成長できない」と感じ、結果1年間は仕事を全うし、神戸に帰り、芦屋のサロンに就職し直します。

芦屋のサロンでは、加圧トレーナーとして活動し、仕事をしながらパーソナルトレーナーの資格取得のため独学で勉強し、無事パーソナルトレーナーの資格を取得します。

芦屋のサロンには、21歳で就職し、2年半たった23歳のとき独立をし、今日に至るという感じです。

 

僕が1番お伝えしていきたいこと

僕が1番お伝えしていきたいこと

これまでの人生の中で常々感じてきたことは、

厳しい環境に放り込まれると、人は成長する

ということです。

それは、おかんの家出が一番大きなきっかけになり、知らず知らずのうちに自分は成長できていたんだと思います。

なぜなら主婦の方がされることで、できないことは一切ないからです。

アイロン・裁縫・刺繍・料理、本当に何でもできるようになりましたが、やはり幼少期の経験は自分にとって人としての基盤をつくってくれた時間でもあったように思います。

だからこそ、僕という人間を通してお伝えしていきたいことは、

やればできるようになるだろうし、人は何歳からでも変われる

ということです。今でも僕は自分の変化を感じますし、そうやって生きることが楽しくもあります。

これから変わっていきたいと思っているけど、1歩踏み出す勇気がない方の背中をポンッと押して上げるようなそんな存在になりたいと思っています。

Izuru Styleや伊藤出を通じて、

変わるきっかけを提供し、自分史上最高のカラダとココロになるお手伝いをする。

ということをコンセプトに、これからレッスンやブログを通してメッセージがお伝えできればなと思います。

僕の考え方のまとめ

 

僕のSNSでも情報発信しています。

料理なんかは、インスタで情報も発信していて、プライベートはFacebookを中心にお伝えしています。

Twitterはリアルタイムで僕の考え方などをお伝えしていますので、またよかったら覗いてくださいね。

 

今日の昼は牡蠣ざんまいって感じで!

伊藤 出さん(@izuru_ito)がシェアした投稿 –

 

今日のお昼! 弁当にしたの久々やな。

伊藤 出さん(@izuru_ito)がシェアした投稿 –

最近は更新できていないですけど、インスタでは食を中心にお伝えします。

こちらの記事も合わせてご覧ください。

 

まず読んでいただきたい記事まとめ

僕がお伝えしたい記事を厳選してお伝えしておきますね。

 

指導経歴について

  • 神戸市立神港高等学校 野球部
  •      〃     バレー部
  • 科学技術高等学校 野球部員
  • 大阪工業大学野球部員
  • 三菱重工所属 野球選手
  • 武庫川女子大学 体操部員
  • 早稲田大学 職員
  • 神戸女子大学 ラクロス部
  • STORY読者モデル
  • VERY読者モデル
  • MBSアナウンサー
  • 宝塚歌劇団員  等

 

その他活動

  • 2013年 S&Cコーポレーションとコラボセミナー
  •   〃   Izuru Style塾 開講
  • 2015年 ゼビオ株式会社とコラボレーション企画
  •   〃   S&Cコーポレーションとコラボセミナー(最新測定機器)
  •   〃   東京にてセミナー開始
  •   〃   出張料理人を開始

IzuruStyleについて

伊藤出

神戸パーソナルトレーニングIzuru Style
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