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神港野球部を卒部してから10年が経ち、当時のことを振り返ってみると、懐かしさとしんどさ、そして栄駅前にあったたきたて弁当を思い出します。

僕らの学年はちょうど10名という切りのいい人数で、良くも悪くも切磋琢磨できた仲間だったと思います。

主に最近は神港野球部の後輩と話をすることがありますが、神港野球部の中で見ても左右の投手が揃っている年であると言われ、メンバーとしても甲子園を期待されたチームだったと聞くことがあります。

結果的には、夏の大会では雨によって中断が2度あり、5時間弱の試合に負け、初戦敗退でした。

今でも“龍野”という高校名を見ると、「今やったら勝てる気がするな・・・」と思いだしてみたり、ちょっと歯がゆかったりします。

こうやって当時のことを振り返りながら文章を書いていると、本当につい最近のことのように思い出します。

帰りの電車である一人がカレーうどんを食べているとこぼしてしまって大参事になったり、部室の前でインスタントの焼きそばの湯きりをしている一人が麺を全部こぼしてしまったり、彼女に振られて部室の壁を破壊したり、ベンチの中で誰よりも先に打球に気づき「危ない!」と叫んだのに、その本人の頭にボールが直撃したり、推定飛距離約120m程の打球がレフトのネットに突き刺さるホームランを打ったのに、なぜ1塁ベースを駆け抜けていたりと、良い思い出ばかりです。

社会に出て思うことは、礼儀などについては本当に基礎が野球部で作られたため社会に出て苦労することもありませんでしたし、社会で生きていくための基礎を野球部で学べたように思います。

市立神港という名がなくなってしまうことは寂しいですが、いつか神港橘として甲子園に出場してくれることを期待しています。

最後になりましたが、当時からお世話になった窪前先生、田邊先生、安田先生、本当にご指導いただき、ありがとうございました。

伊藤 出

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